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2014.11.4

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日本菅区長 司祭チプリアニ•アルドさんが、天国に召されました。
チプリアニ神父様とは、わたしがサレジオ教会で洗礼を受けた時から日曜学校にて出逢いました。
いつもいっしょに卓球をし、
わたしに紙芝居を描いてと頼んできて、描いたら上手い上手いとほめてくれた。
そして、両親が喧嘩したとき最初で最後の家出をしたことがある。パジャマでとにかく教会まで歩いていったら神父様がいて、寄り添ってわたしの話を聞いてくれ千円くれタクシーで帰してもらった。
その後神父様は、どんどん偉い神父様になっていくが会うたび、恋人はできたか?とかいつも通り気軽に話してくれる。
そして約束した。
いつかわたしが結婚するときは神父様にミサをしてほしいと。チプリアニ神父様はぜったい担当するから、早く結婚しろといつも言ってきた。
今年の夏に結婚がきまったときにすぐに連絡した。神父様はもう菅区長様となり、サレジオ教会にはいないけど引き受けてくれ、打ち合わせしようといってくれた。でも打ち合わせ当日の朝、急用ができ打ち合わせはとんだ。
「もしも、結婚式にぼくが担当できなくてもサレジオの神父様には伝えてあるから大丈夫。それに手帳に書き込んだから、その時間はぼくもお祈りをします」
と電話でおはなしされた。
わたしは、なんだか不思議なこと言うなと思いながら聞き流した。
結婚式当日、チプリアニ神父様の姿はなかった。代わりの神父様が、チプリアニ神父様の具合が悪くて残念ですねとおっしゃった。
??と、おもったがそれも聞き流していた。
そして、10月31日午後7時29分に65歳の恩体から天国に召された。
神父様はずっとお病気と戦っていたようだ。入退院を繰り返していた。
なんにも知らなかった。
今日、サレジオ教会では夕方からお通夜のミサが行われた。
時間通りにいったのに、外まで人があふれていた。スピーカーがおかれ、教会のなかでは、最後までご一緒された神父様や、お兄様がおはなしされている。
クリスマスミサより人がたくさん集まっていた。
わたしは、まだサレジオ教会に来たばかりの若い陽気な神父様らしからぬイタリア人という印象のままだったが、
もう今ではみんなにとっては菅区長様という素晴らしい役目を果たされている立派な方となっている。
ミサでの献花の列はずっと続く。
つぎつぎに日本にはこんなにたくさん神父様、シスターがいるのかというぐらい沢山の方々があらわれる。
まるで映画ビックフィッシュのラストシーンのように。小さなころどこかでお会いしたきりになっていた神父様やシスターの姿もあった。
シスターがたくさんいたから、賛美歌も美しく、全員がチプリアニ神父様にむけて聖歌を捧げる。
その声と声の響きがとても気持ちよく。細く絞りきった涙がツーツーと流れてくる。
死が美しい。
残された神父でもあるお兄様が
このにぎった右手が彼の魂がなくなる瞬間を記憶しているとおっしゃっていた。
最期は天国へいく準備をし
チプリアニ神父様はこの言葉をえらんだ。
ヨハネの手紙ー4.16
わたしたちは、
わたしたちに対する神の愛を知り、
また信じています。神は愛です。
わたしの根にはチプリアニ神父様がいて、わたしの天にもチプリアニ神父様がおられる。
この天と地の間で、神父様がわたしに最初に絵を描く役目をくれたからには、ずっと描き捧げようとおもう。
ご冥福をお祈りします。
愛を込めて

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